AI時代のマーケティングについて、広告グループとLinkedInが正反対の予測を出した週
AI時代のマーケティングは、どこへ向かうのか
2026年5月17日と18日、二日続けて広告業界に大きなニュースが出た。表面だけ読むと、片方は買収、片方は自社キャンペーンで、性格が全く違う。
しかし二つを並べると、同じ一つの問いに対する正反対の予測として響いてくる。
問いはこうだ — AIエージェント・AI検索が買い手の意思決定の入口になり始めた今、マーケティングというカテゴリーはどこへ向かうのか。
二つの大手が、同じ週に正反対の答えを市場に投げた。
「AI時代も統合戦略で勝つ」
広告メディア × アイデンティティ・データ × AI最適化を一つに統合すれば、規模の経済が勝つ。
「ネットワークが効かなくなる」
広告ネットワークの限界を認める。信頼と関係の質が、規模より価値を作る方向へ。
二つの予測の背景にある共通の事実
PublicisもLinkedInも、独立して動いたわけではない。同じ週に、同じ流れの記事や事件が並んでいて、二つの答えはその流れの中で出ている。
買い手の入口がすでに変わっている、という前提が一つ。
5月18日のMarTechは「AIエージェントがベンダーをshortlistし始めた」と書いた。構造化されたマシン・リーダブルなコンテンツが「考慮対象に入るかどうか」を決める、という主張。
Demand Gen Reportの2026 B2B Trendsは、グローバルB2Bバイヤーの79%がChatGPT・Perplexity・Google AI Overviewsでソリューションを調査していることを示した。広告に届く前に、意思決定の入口がAIに移っている。
広告経由ではないリーチに資本が流れている、というのが二つ目。
同じ週にNectar Socialが$30M Series Aを発表した。Anthology Fund(Anthropic 系のファンド) が入っている。Greenboardが$15.5M、Wirestockが$23M。「Agent」というキーワードを掲げるスタートアップに資本が一気に集中している。
信頼が新しい通貨になっている、というのが三つ目。
dbt Labsの2026 State of Analytics Engineering Reportは「信頼の重要性」が前年66%から83%へジャンプしたと報告した。データチーム内部のKPIが「正確さ」から「信頼」へシフトしている。
マーケティングの世界も同じ風が吹いている。AIに引用されるかどうか、買い手から信頼されるかどうかが、リーチの量より重要になりつつある。
つまりAI時代のマーケティングは、「広告で到達する」から「AIに引用される・信頼される」へ移っている。PublicisとLinkedInの二つの答えは、この移行を別の方向で受け止めたものだ。
Publicisの予測—「統合の規模で勝つ」
Publicis × LiveRampの$2.2B買収合意は、伝統的な広告グループの最新の戦略だ。広告メディアの到達と、アイデンティティ・データ層と、AI最適化を一つの屋根の下に置く。
これは「AIに最適化されたマーケティング」という表面の名目を超えた意味を持つ。PublicisがAI時代に本当に買いたかったのは、LiveRampの技術ではなく、「広告主 → バイヤー → 結果」までの全経路を自社のデータで保有する権限だ。
ファーストパーティ・データが鍵になるという認識は、英語圏でも韓国語圏(オープンアズ) でも共有されている。それを「広告グループが顧客のデータをまとめて握る」かたちで実装するのが、Publicisの選んだ道だ。
このソリューションが想定している未来は、こうだ — AIエージェントがベンダーをshortlistする時代になっても、最終的な広告メディアの到達と顧客データの蓄積量が、勝負を決める。AIは最適化エンジンとして使うが、本質的な競争力はデータの規模と統合度にある。
Publicisが賭けているのは「AI時代でも、結局は規模の経済が勝つ」という予測だ。
データの中央集権を顧客が「便利だ」と評価し続ける限り、統合の勝者が市場を取る。
LinkedInの予測—「ネットワークの限界」
LinkedInの「The Network Works For You」キャンペーンが本質的に言っているのは、「広告支出だけでは無駄になる、信頼と関係が価値を作る」だ。
これは表面的には自己否定だ。だが構造的に読むと、LinkedInが市場に投げた予測として読める — AI時代において、ネットワーク効果(ユーザー数 × 広告掲載 × ターゲティング精度)で構築されていた既存の広告ビジネスモデルが、機能しなくなる方向に向かう、という予測。
理由は3つ重なっている。
第一に、買い手がAIで意思決定の入口を変えた。広告に届く前に、ChatGPTやPerplexityで候補が絞られる。広告媒体が中間に立つ価値が薄まる。
第二に、信頼が新しいKPIになっている。dbtのReportが示すとおり、人々が見る指標が「正確さ」から「信頼」へ移っている。広告は信頼の通貨ではなく、関係や継続的なコンテンツが信頼を作る。
第三に、逆説的に、自己否定そのものが広告になる。「うちの広告は無駄になりうる」と認める姿勢自体が「この媒体は嘘をつかない」というブランド主張になり、信頼の差別化になる。
LinkedInが賭けているのは「AI時代では、規模ではなく信頼の質が勝つ」という予測だ。
広告ネットワークの限界を認めて、プロフィール・関係・コンテンツの信頼資産を中心に置く方向。
二つの予測のどちらが当たるか、まだ分からない
歴史的に、広告業界は統合の波(Publicis型)と信頼・関係の波(LinkedIn型)が交互に来ている。
統合が勝つ条件は、規模が一定を超えて、データの中央集権が顧客側から「便利だ」と評価されること。 信頼が勝つ条件は、媒体の誠実さが買い手から「広告よりも価値がある」と評価されること。
2026年5月の段階では、Publicisの予測は資本市場が即座に評価した(買収合意で株価が動いた)。一方、LinkedInの予測は時間がかかる検証だ(キャンペーンの効果は四半期単位で測られ、広告収益の動きで答えが出る)。
日本・韓国は、まだ答えを出していない
ここで観測として面白いのは、日本と韓国の媒体は、同じ週にLinkedIn型の自己否定をまだ出していないことだ。
日本ではIDEATECHがBtoBマーケティング施策のCPA高騰調査を出した。同じ週、株式会社エックスラボのWebinarBaseが累計ウェビナー開催8,000回を突破した。ウェビナー(到達手段) の標準化と単価上昇が同時に進むという矛盾を示しているが、これは市場データの提示であって自社批判ではない。
韓国ではリキャッチ × リメンバーが2026 B2Bベンチマーク・リポートを公開した。国内B2B購買決定者205人 + 販売企業200社の実証調査。「AIが買い手と売り手の関係をどう変えたか」を実証データで答える姿勢だが、これも自社の広告モデルを否定したわけではない。
AI時代のマーケティングが到達(reach) から信頼・引用(citation・trust) へ移行することについて、正面から自己否定で答えを出している媒体は、いまのところ英語圏のLinkedInだけだ。
これが日本・韓国に半年〜1年かけて伝播するのか、それとも英語圏特有の現象で終わるのか。「媒体の誠実さが新しい競争力になる」という賭けが、グローバルなトレンドになるのかは、まだ分からない。
未解決の問い
1. AI時代のマーケティングは結局どちらに向かうのか — 統合 (Publicis) と信頼 (LinkedIn) の両方の予測が共存している段階だが、6〜12ヶ月後にはどちらかに振れる可能性がある。あるいは両方が同居する形に。
2. Publicis × LiveRamp統合の6ヶ月後、クライアント側のデータ・ガバナンス意識がどう変わるか — 広告グループに自社のfirst-party dataを預けることの安全性を、CMOがどう評価するか。
3. 日本・韓国の広告媒体がいつ、どんな形で同じトーンの自己否定を出すか、出さないか — 出さないなら、地域文化や市場構造の差。出すなら、グローバルに「媒体の誠実さ」という新しい競争軸が形成されつつある証拠。
5月17日と18日の二つのニュースは、ニュース・サイクルではすぐに次の記事に上書きされる。だが、AI時代のマーケティングがどこへ向かうのかについて、二つの大手が正反対の予測を市場に投げた一週間として、6〜12ヶ月後に振り返る価値がある日付になる可能性がある。
出典 — SaaSRise Weekly (2026-05-12〜18) · DesignRush — LinkedIn “Network Works For You” · MarTech — AI Agents Shortlisting · Demand Gen Report 2026 B2B Trends · PR TIMES BtoBマーケティング (WebinarBase 8000回 · IDEATECH) · リキャッチ × リメンバー 2026 B2Bベンチマーク · dbt Labs 2026 State Report · オープンアズ ファーストパーティ・データ